だいきらい


 大嫌いなひとがいる。
 女の子だ。僕より大分年下で、そのくせ随分生意気だ。
 頭ひとつ分、いや、下手したらふたつ分僕より小さな背をしている。その小ささで僕を睨みつけてくる。

 その子のどこが嫌いかって、まず人だっていうところからもう駄目だ。ポケモンを傷つける人間。わるい、悪い。ひどい生き物。だから、嫌い。
 ああ、だけど、彼女は少し違うのかもしれない。彼女は僕みたいにポケモンと話すことは出来ないようだけれど、そのくせポケモンに好かれている。
 けれど、ポケモンに好かれているならなおさら嫌いだ。だってそう、ポケモンバトルなんていう、ポケモンを傷つけることをポケモンの好意を利用して行っている。楽しんで。そんなに残酷なことってあるだろうか。
 …なのになんだって、彼女のポケモンはあの様に幸せそうなんだろう。

 ポケモンと一緒にいたい、と彼女は言う。彼女のポケモンも、また。
 悲しいことだ。彼女のポケモンに対する愛情は認めよう。認めるからこそ、悲しい。僕は彼女らを引き離さなければいけない。いくら彼女が優しくても、そうでない人間なんてごまんといる。苦しんでるポケモンがたくさんいるんだ。彼女らだけを認めるわけにはいかない。

 彼女が嫌いだ。
 でも彼女がポケモンに向ける笑顔は嫌いじゃない。
 ふわふわ優しくて、きらきらひかる。
 彼女のポケモンに対する愛情が読み取れて、暖かな気持ちになれる。
 だけど彼女は、その笑顔を人にも向ける。ベルや、チェレンとかっていう幼なじみに。
 腹が立つ。駄目だよ、そんなの。大事にすべきはポケモンだろう。人なんかにそんなふうに笑うなんて。君はポケモンにだけ笑ってればいいんだ。

 君は人にだって笑いかける。
 何とだって、仲良くしてしまう。
 だからあの幼なじみと一緒に笑ったり、その日会ったばかりの男とだって観覧車に乗れてしまうんだ。
 その観覧車の中で、彼女は笑っているんだろうか。
 苛々する。腹が立つ。君と僕が、観覧車に乗ったあの日。あの日が、僕にとって、ポケモンに対してでもない、他の人に対してでもない、彼女の笑顔を見れた唯一の日、なのに。
 僕の観覧車の思い出は、君だけなのに。

 いいよ、彼女は、人と仲良くしてればいい。ポケモンとはいずれ引き離されてしまうんだ。そのとき人さえいなかったら、それはそれは寂しいだろう。僕と彼女がどうだとか、関係ない。第一僕は彼女が嫌いだ。大嫌いだ。大嫌いな彼女が大嫌いな人間と仲良くする。結構なことだろう。




 ねぇ、本当に、彼女という人間には、不愉快にさせられて仕方がない。
 君は勝った。ポケモンとこれからも一緒にいれる。
 だから、笑いなよ。
 なんで、君は、そうなんだい。関係ないだろう。僕の前で笑わないくせに。
 僕は化け物だ。ゲーチスに育てられた化け物だ。自分一人で考えることも出来ない、馬鹿な、ばけもの。

「ふざけないで」

 怒ったような、彼女の言葉。どうして君が怒る。君が怒る義理なんてどこにある。

「あんたはどうしようもなく馬鹿だ。間抜けだ。阿呆だ」

 だけど、彼女は言葉を続ける。苛立った、けれど、それだけではない色のにじむ、君の声。

「あんたはポケモンが好きなんでしょう…!?ポケモンの為に、やったことで、どうして化け物なんかになるの!!」

 ぽたり、落ちる透明な滴。
 彼女は泣いていた。
 なんで?
 きっと、恐らく、僕のために。
 ねえ、やっぱり、僕は君のこと、大嫌いなようだよ。不愉快なんだ。
 君が泣いたりするものだから、僕まで泣きたくなってしまう。
 涙がひとつ、零れ落ちる。
 ごまかすために、わらった。

「ありがとう」

 そう言うと、彼女は僕を睨みつけ、馬鹿じゃあないの、と呟いた。

「大嫌い、あんたなんか」

 忌々しそうに彼女が言うから、愉快な気持ちになってしまって。

「気が合うね」

 言ってみせれば、ようやく、微かに彼女は笑ってくれた。

 僕は君のこと大嫌い。
 君も僕のこと大嫌い。

 つまりそれ、両想いってことだろう。